乳酸菌・ビフィズス菌およびその生産物の免疫調整作用とその応用
大阪府立大学大学院 生命環境科学研究科 教授 北村進一
(出典:日本臨床食物機能研究会 平成22年10日17日 第5回学術集会)
はじめに
われわれの生存と活動を可能にしているのは糖質をはじめとした栄養素の摂取であり、食品成分の消化・吸収を担っているのは腸管である。近年、腸管はただ単に、消化・吸収を担うだけでなく、免疫系にも非常に重要な働きをしていることが明らかになってきた。実際、粘膜免疫系の中で最も広大で寄与が大きいのは、腸管関連リンパ組織(GALT)である。GALTは、主にパイエル板や孤立リンパ小節から構成されるが、その他に粘膜固有層や上皮細胞間の多数のリンパ球の関与も指摘されている。一方、アレルギーの改善に腸管が重要であることを前提に、どのような食品成分がどのように免疫調整機能を維持するのか、について詳細な研究がなされるようになった。これまでに乳酸菌やビフィズス菌は整腸作用のある素材としてその機能性について議論されてきたが、免疫調整機能、特に抗アレルギー作用との関連についての研究は始ったばかりである。講演では乳酸菌やビフィズス菌あるいは、その生産物の腸管免疫調整作用と抗アレルギー作用についてわれわれの研究結果を中心にして紹介する。
1.パイエル板を用いた腸管免疫評価法
少量のサンプルで腸管免疫調整機能の有無を確認することができるin vitroでの実験系を紹介する。われわれは、山田らの開発してきた方法1)2)をもとに次のような評価を行っている。1)まずC3H/HeJマウスあるいはBALB/cマウス(8週齢、雌)由来のパイエル板細胞を物理的方法により採取する。2)このパイエル板培養細胞液(2.0×106乗 cells/ml)に対し、サンプルを添加し、5日間培養し、パイエル板細胞数の変化を調べる。3)つぎにこの培養上清をマウスから採取した骨髄細胞に添加し培養して骨髄細胞の増殖を調べる。4)一方で、パイエル板細胞における各種サイトカイン、およびリンパ球活性において重要な役割を果たす共刺激因子のmRNAの発現を半定量的RT-PCR法などにより検出する。
2.マウスのアトピー性皮膚炎モデル系
7週齢雄性BALB/cマウスを馴化飼育後、右耳介に2、4、6-trinitro chlorobenzene(TNCB)を塗布することで感作し、4日目以降1日おきにTNCBを塗布することでアレルギーを誘発した。感作と同時に、菌体やその産物を1日1回、約3週間経口投与した。対照群には、リン酸buffer、陽性対照群には、合成副腎皮質ホルモン(プレドニゾロン)を同様に経口投与した。感作日および感作4日後から、1日おきにTNCB塗布前の耳介厚測定を行い、アレルギー抑制効果を評価した。また、マウス血漿IgE量を測定した。さらに、解剖直前の糞便菌叢解析および糞便中のIgA量の測定も行った。
3.実験例 その1 乳酸菌
ふなずしから単離した乳酸菌Lactobacillus buchneriの三種の株SU-1、SU-4、及びSU-6(ふなずし乳酸菌)を用いて、その微生物学的特性および細胞壁構造の違いを調べるとともに、アトピー性皮膚炎モデルマウスを用いて経口投与試験を行いその効果を調べた。
その結果、TNCBを塗布したコントロール群と比較して、SU-6投与群では耳介の肥大および紅斑や 、血管拡張の抑制効果は特に高かった。この効果は抗アレルギー薬である合成副腎皮質ホルモン(プレドニゾロン)投与群(3mg/kg/日)と同程度であった。
SU-1、SU-4、SU-6の菌株間での効果の違いは腸管での免疫応答の違いに帰結されるかもしれない。SU-6の菌体をスターバーストで破砕した試料を用いて、同様にアトピー性皮膚炎抑制効果を検証した結果、破砕度合いが高まるにつれ抑制効果は減少した。菌株間での細胞壁の構成糖は異なっており、各菌の表面構造の違いが推測される。これらのことから、腸管での免疫応答において細胞壁高次構造の重要性が示唆された。
SU-6投与群は、血中IgE濃度の有意な低下、耳介中サイトカインIL-4およびLFN-g濃度の低下、糞便中IgA濃度の上昇、小腸パイエル板面積の増大が明確に見られたのに対し、プレドニゾロンではこれら免疫系の指標の変化が明確ではなかった。このことから、SU-6は腸管免疫系を介した免疫調整機能により、結果として耳介の皮膚炎抑制作用を示したことが考えられる。また、一般にプレドニゾロンなどの副腎皮質ホルモンは体重減少、コレステロール増加などの副作用が知られており、プレドニゾロン投与群は他群と比較して摂食量は変わらないものの正常な体重増加が起こらず、血中総コレステロール濃度も増加傾向が見られた。一方、Su-6投与群ではそのような傾向が見られず、その点からもSU-6は抗アレルギー作用をもつ安全な機能性食品素材として有用であると考えられる。
4.実験例 その2 ビフィズス菌およびその産生多糖
これまでヒト腸管より分離したビフィズス菌Bifidobacterium longum JBL05(以下、B.longdum JBL05)が菌体外多糖を産生することを見出し、その一次構造を明らかにした3)。また、マウスパイエル板細胞を用いた細胞試験により、本多糖がパイエル板免疫調整作用を有することが明らかとなった。そこで、B.longdum JBL05菌体および菌産生する多糖の経口投与による効果を、マウスアレルギーモデルを用いて調べた。
B.longdum JBL05菌体投与群(108CFU/日)及び、JBL05産生多糖投与群(20mg/kg/日)において、対照群と比べて、耳介肥厚化の有意な抑制が認められた。その抑制効果は、陽性対照群であるプレドニゾロン投与群(3mg/kg/日)と同等であった。血漿IgE量は、いずれの群においても、対照群に比べて減少傾向がみられた。糞便中ビフィズス菌数およびIgA量は、対照群および陽性対照群に比べ、菌体投与群および菌体産生多糖投与群で増加の傾向が認められた。これらの結果より、B.longdum JBL05およびその産生多糖が、マウス耳介に誘発させたアレルギーを抑制することがわかり、ビフィズス菌のみならずビフィズス菌が産生する新規代謝物にもアレルギー抑制作用が期待される。
今回の講演では触れないが、これらの小腸で消化されずに大腸まで到達される菌体が、腸内菌叢を変えたり、腸内細菌により発酵された有益な物質を生産したりする効果も腸の健康と免疫調整機能を理解するうえで大変重要である。
北村 進一(きらむら しんいち)
農学博士
日本澱粉学会(現応用糖質科学会)奨励賞受賞
専門分野は、多糖工学、バイオナノテクノロジー
【略歴】
1978年4月 京都府立大学農学部助手
1992年 同大学講師
2001年 大阪府立大学大学院農学生命科学研究科教授
2005年 同大学院、生命環境科学研究科教授
1985年~88年 米国エール大学博士研究員